5年ぶりに経営の世界に復帰、ビジネスはどう変わったか?

里見:
昨年、参議院議員の任期を終えられた元榮社長、経営の最前線に戻るのは5年ぶりと聞いております。政治の世界でご多忙の中、ビジネスからは少し離れておられました。この5年のビジネスの変化について、どのように感じられておりますでしょうか?

弁護士ドットコム株式会社 代表取締役社長兼CEO 元榮 太一郎氏

元榮:
戻ってきてまず感じたことは、よりテクノロジーが表舞台に出てきたな、ということです。分かりやすい例としては、去年の11月ぐらいからChatGPTが出てきました。

もともと、人工知能が人間の言語能力を超えてきたという話は2019年ぐらいから聞いていましたが、実際にビジネスに戻ってみると、凄まじいスピードで、テクノロジーが進展していました。5年前に比べて、ゲームチェンジャーが次々と現れてくるような時代が来たというのがまずひとつ、挙げられるかと思います。

昔はアイデアひとつで事業を起こしたり、会社を立ち上げたばかりでは、それほど企業価値はつきませんでした。それがいまでは、ある程度のプロダクトがあれば、2桁億のバリュエーションが平気でつきますよね。そこにリスクマネーが流れ込むような、エコシステムができている。出来上がったばかりの会社が大量に人を採用して、赤字を踏んで事業を成長させるといったダイナミズムは、5年前では、まだまだ主流ではなかったので、そのあたりの変化を大きく感じたところです。

大企業への寄り添い型のサポートで、中小企業と自治体をトリクルダウンする

里見:
最近では、電帳法改正やインボイス制度などの影響で、紙の電子化、そして、契約の電子化が進んでいます。我々は御社の製品とも連携させていただいている中で、クラウドサインが、大手企業にかなり採用されているということが実感としてあります。一方で、中小企業ではこれから本格的に採用が進んでいく印象があります。中小のマーケットに対して、どのような戦略をお持ちなのか、お聞かせいただけますか?

 

元榮:
中小企業のDXを進めていくにあたっては、大企業の利用の促進が非常に大事になってくると思います。 中小企業は大企業とお付き合いすることで、事業を営んでいくわけです。そこで、 まずは大企業の方の導入というところから、中小へと繋げていければと考えています。

実際、クラウドサインに関しては、現在エンタープライズ部門を強化しています。 大企業に寄り添うような営業担当をアサインし、寄り添い型のサポートをしながら取り組んでいます。

大企業で全部門を対象にクラウドサインを使ってもらえるようになれば、そこで取引をしている中小企業にもクラウドサインの存在を知っていただけます。そして、大企業との取引ということで、合わせていく傾向がありますから、だったら当社もクラウドサインにしようかという流れで、トリクルダウンしていくことを期待しています。

弁護士ドットコム株式会社 代表取締役社長兼CEO 元榮 太一郎氏

里見:
企業との取引に合わせて、ということですが、官公庁や自治体についてはいかがでしょうか?

 

元榮:
実は、自治体の電子契約の導入が急ピッチで進んでおります。昨年は東京都にも導入いただきました。我々は自治体導入率が約80パーセントなんです。自治体はそれぞれの地域における大企業みたいなものなので、まさにここもトリクルダウンしています。

自治体のニーズに応えるための技術的課題

里見:
いま、自治体の話が出たので、少し突っ込んだ質問したいと思います。特に地方自治体においてLGWANというセキュアなネットワーク上でシステム構築することが多いのですが、外部との連携が難しいため、紙の電子化で必要なタイムスタンプや電子署名の活用が難しいケースがあります。こうした自治体のセキュリティとネットワークについて、御社のお考えを教えてください。

弁護士ドットコム株式会社 代表取締役社長兼CEO 元榮 太一郎氏

元榮:
クラウドサインに関して言えば、LGWANを使う自治体も使わない自治体も導入されています。社内では、そのどちらにもより寄り添っていけるようなかたちで取り組んでいます。技術的にも解決できていますが、御社では何かご苦労があったりしますか?

 

里見:
ええ、苦労しています。電子契約よりも、タイムスタンプですね。例えば、議事録を証明するのに、タイムスタンプをしたい。しかし、やはり外に出て、バイナリーデータが入ってくるものですから、それは難しいよと言われて、止まってしまっているというのが現状です。

 

元榮:
電子契約に関しては、クラウドサインの場合は(LGWANの)外で処理して、契約書を見たい時は、画像や署名を見られるような仕掛けにしています。

 

里見:
なるほど。契約だとそのように対応できるわけですね。議事録だと、やはり外で処理するとなると難しいところがあります。

株式会社オプロ 代表取締役社長 里見 一典

元榮:
やはりセキュリティには気を使いますね。自治体関係で言うと、帳票のフォーマットで一番多いのはWordなんです。後で変えられるし、修正記録も残せるしということで、まずはWordで出して、その後PDF化したいという話が非常に多いです。

AI契約書管理の利用は5,000社超え

里見:
契約ライフサイクルマネジメントという流れを考えると、「作成・レビュー・締結・管理」という4段階の業務の流れがあるかと思います。この中で特に御社がテクノロジーで貢献できる余地が大きいと思う内容について、御社ではどのようにお考えでしょうか?

 

元榮:
おっしゃる通り、契約ライフサイクルマネジメントということでは、契約の「作成、レビュー、締結、管理」が挙げられます。しかし、最近ではそれにさらに「回収」も加わってきます。さらに、「決済」も入ってきたりするので、実は契約ライフサイクルマネジメントも、最初は4段階ぐらいでイメージしていたのですが、回収とか決済みたいなところも含めると、かなり分厚いライフサイクルがありまして、今はサイン(締結)からスタートをしています。

世の中からの期待もニーズも、マーケットサイズも、やはり1番サインが大きいんですよね。クラウドサインでサインをした契約書を、次は管理をするというのが必然的に発生してきますので、今は管理のサービスもスタートしています。AI契約書管理ということで、こちらも5,000社ぐらいのご利用いただくような状況となっています。

里見:
それはすごいですね。もう5,000社が利用しているんですか。

 

元榮:
今のところは、クラウドサインに無料バンドルで入れています。この管理のサービスも、よりプロダクトを進化させて、ゆくゆくはオプションなどの機能強化を進めていきたいと思っています。というわけで、管理はスタートしました。そして、その次はやはりレビューかなという風に思っています。法務省のガイドラインに準拠したAI契約については、我々としても、現在、最大の関心を持って検討しているという状況ですね。

AI活用でユーザーはより気兼ねなく、弁護士はよりクリエイティブに

里見:
いま、AIという言葉が出たところで、冒頭でもちょっと触れられたChatGPTのような生成系AIについてもうかがえればと思います。ChatGPTのような生成系AIが今後、弁護士の仕事にもたらす影響について、弁護士ドットコムさんとしては、どのようにお考えでしょうか。

 

元榮:
まず、ユーザーにとっては福音になりますね。弁護士、そして司法、法律というところで言うと、例えば、我々がリリースした弁護士ドットコムチャット法律相談では、これまでの弁護士ドットコムの「みんなの法律相談」というQ&Aに寄せられた過去126万件の生のユーザーの相談に対する生の弁護士さんの回答というデータベースを活かしながら、ChatGPT、Azure APIを使って、即時レスポンスというかたちで、AI弁護士が法律相談を担当するような世界観を創りあげていくことを考えています。「みんなの法律相談」はとても便利なのですが、投稿してすぐ回答がつくわけではなくて、1時間ぐらいかかります。本当に困っている方の1時間というのは1日に相当するくらい長く感じられることもあるため、即時レスポンスで回答を差し上げる、これは相当喜ばれます。

弁護士ドットコム株式会社 代表取締役社長兼CEO 元榮 太一郎氏

また、弁護士に無料で相談ができる「みんなの法律相談」だと、弁護士も生身の人間がボランティアでやっている中、次々に質問を重ねていくのもユーザーの方としては気兼ねするケースも出てきます。しかし、AIチャットの法律相談であれば、どんなにしつこく聞いても、それこそ真夜中に気になって聞いても、ちゃんと答えを返してくれて、しかも気兼ねなく相談ができますし、即時レスポンスが返ってくるという点で、ユーザーに新しい価値を提供することができます。

このチャット相談を経て、本当に弁護士の依頼が必要だという場合、ユーザーの方も自分でわかると思うんですね。そこから、弁護士ドットコムの弁護士検索などでリアルの弁護士さんに橋渡しをするというようなかたちのサービス導線を考えています。

一方で弁護士の方にとっても、ChatGPTは大きな助けとなります。正式な依頼者に向き合う時間が増えて、クリエイティビティなことに時間を割くことができるようになるからです。というのも、例えば、弁護士が10件の法律相談を受けるとして、そのうち正式に依頼に繋がるのは、1件か2件ぐらいなんです。残りの89件は1時間の法律相談をしても、依頼にまでは至らないというのが実態です。また、最近では初回の法律相談を無料で受けられているケースも多いので相応の負担になっていることは否めません。

チャット法律相談では、まずスクリーニングして、正式に弁護士に依頼する必要性のあるユーザーだけを、弁護士の方に橋渡しするという設計になっていますので、弁護士にとっても、時間的にも精神的にも負担を軽減できるという、ユーザーウィン、弁護士ウィンというような、そんな世界観です。

弁護士ドットコム株式会社 代表取締役社長兼CEO 元榮 太一郎氏

里見:
お話を聞いていて、とてもイメージが湧きました。いま、生成系AIで仕事がなくなるといったようなネガティブなことがよく言われておりますが、まったく違いますね。武器として利用して、人間の持つクリエイティビティをしっかり使うことによって、さらにいいものを結果として出すという発想ですね。非常に頼もしいお話です。

 

元榮:
弁護士の仕事というのは、リサーチ仕事にも、多くの時間がかかるんです。クライアントからの相談に対して、リーガルリサーチをする場合、分厚い本を読んで必要なところを拾い読みしたり、判例データベースにアクセスしたりして、それらをまとめてリーガルリサーチとして回答するのですが、これが、意外に時間がかかるんです。こういうところにも、コパイロット・フォー・ロイヤーズというサービスを考えています。

弁護士ドットコムのコパイロットに問いを投げかけると、即時でお目当ての文献や判例などを引っ張ってきて、場合によっては要約までしてくれて、ちゃんと裏も取って、原典もつけてくれるので、信頼性も高い。これがあれば、確認して、お返しするだけでよくなるので、 リサーチの時間が大きく短縮できるという効果があります。その他、例えば訴状の作成も多くの時間がかかるんです。そこで、箇条書きでこんなことを書いてる訴状が欲しいと入力すると、すぐに訴状が上がってきて、それをダブルチェックすればいいといった状態になるといったことも考えています。

こうした様々な弁護士の実務が、生成系AIをコパイロットとして活用することで短縮できれば、裁判に勝つための徹底的な法律構成や、裁判官が唸るような証拠をどうやって獲得するのかといったクリエイティブなことに時間が割けるようになるわけです。

弁護士が上手に生成系AIを活用することで、非常に生産的でクリエイティビティのある活動ができる時代が僕は来ると思っています。

 

里見:
生成系AI活用について、非常に具体的かつポジティブなご意見をおうかがいすることができて、今日は非常に勉強になりました。我々も御社の新しいテクノロジーをうまく一緒に使わせていただくことによって、より価値を高めていきたいと考えております。今日はどうもありがとうございました。

弁護士ドットコム株式会社 代表取締役社長兼CEO 元榮 太一郎氏